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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2128号 判決

控訴人

高田誠治

右訴訟代理人

二宮忠

被控訴人

貴美島英一

右訴訟代理人

岡村了一

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

訴外三鍋建設株式会社と被控訴人との間で被控訴人の注文による建物建築請負契約が締結され、控訴人が右契約に基づく三鍋建設の被控訴人に対する請負代金債権につき債権差押並びに取立命令を得た経過についての当裁判所の認定判断は、原判決理由一において認定判示されているところと同一であり、また、右取立命令に基づく控訴人の本訴請求が前訴確定判決の既判力に牴触して許されないとする被控訴人の主張の理由のないことは、原判決理由二の(一)において説示されているとおりであるから、原判決理由欄の右各記載をここに引用する。

被控訴人は、右請負契約に基づく代金債権についてはすでに消滅時効が完成しているのでこれを援用する旨主張する。そして、三鍋建設と被控訴人との間における右請負契約上、代金の最終支払期限が建物引渡後一ケ月以内と定められていたことは、右に引用した原判決の判示するとおりであるところ、〈証拠〉を総合すると、被控訴人の注文した建物は昭和四二年三月末頃までに完成し、同年四月一二日建築基準法に基づく工事完了検査を受け、同月一四日建築主事の検査済証が交付されて、同日正式に三鍋建設から被控訴人に対する引渡を了したことが認められるので、同日から一ケ月を経過した同年五月一五日以降は請負代金債権の金額につき履行期が到来し、権利の行使が可能であつたものというべきであるから、本訴が提起された昭和四九年二月一九日当時には、すでに請負代金債権について民法一七〇条の定める三年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。

これに対し、控訴人は、訴外高砂金属工業株式会社が三鍋建設を債務者、被控訴人を第三債務者として、右請負工事代金債権中金四二〇万円につき昭和四二年四月八日付で得た債権仮差押命令の執行により前記消滅時効が中断された旨主張し、右主張にかかる仮差押命令正本が同月九日被控訴人に送達されたことは当事者間に争いがない。しかし、債権に対する仮差押は、被保全権利たる債権につき時効中断事由となるにとどまり、仮差押の対象とされた債権についての消滅時効を中断するものではない(大審院大正一〇年一月二六日判決・民録二七輯一〇八頁、東京高裁昭和四四年一二月二五日判決・東高時報二〇巻一二号二八三頁。なお、最高裁昭和四八年三月一三日判決・民集二七巻二号三四四頁参照)。けだし、債権に対する仮差押は、第三債務者に対し支払を差し止め、仮差押債務者の取立・譲渡等を禁止して、これらの者が右禁止に違反する行為をしても仮差押債権者に対抗することをえないものとすることにより、仮差押債権者の有する債権の執行を保全するものにほかならず、被差押債権自体の権利行使ではなく、右債権については、消滅時効の原因である権利不行使状態の継続を何ら遮断するものではないし、また、もとより仮差押によつて被差押債権についての公的な承認が与えられたことにもならないからである。そして、このように解しても、仮差押債務者は、被差押債権について第三債務者に対し給付訴訟を提起・追行する権限を失うものではないから(前掲最高裁判決参照)、右債権につき時効中断の必要があるときは、第三債務者に対して債務の承認を求め、それが得られなければ、自ら裁判上の請求その他時効を中断するための適切な権利行使手段をとることができるのであり、また、仮差押債務者が被差押債権を除いては資力を有しないため右債権を確保する特別の必要がある場合には、仮差押債権者においても右債権につき仮差押債務者に代位して第三債務者に対し訴を提起する等の措置を講ずることができるのであるから、実質的にも不当な結果を招くことにはならないものというべきである。従つて、前記高砂金属のした仮差押の執行により本訴請求債権の消滅時効が中断されたとする控訴人の主張は理由がない。

さらに、控訴人は、本訴請求債権については当事者間における請求原因三記載の前訴の確定判決の理由中の判断によりその存在が確定されているから、右判決確定後一〇年間は消滅時効が完成しないとも主張するが、右判決確定時が昭和四七年九月一四日であることはその自認するところであるから、右主張は、前訴が本訴請求債権についての裁判上の請求に当たるものとして、これにより右債権の時効が中断されたまま判決確定時に至つていることを前提とするものと善解しないかぎり、意味をなさないことは、前項までに判示したところにより明らかである。しかし、右前訴における控訴人の請求は、三鍋建設が被控訴人に対して有する請負代金債権に対して発せられた転付命令により右債権が控訴人に帰属するに至つたことを原因としてなされたものであり、これに対する確定判決は、その判断の過程において三鍋建設の被控訴人に対する請負代金債権金九五万円が残存していることは認めたものの、右転付命令の効力を否定して控訴人の請求を排斥したものであること、当事者間に争いのないところである。してみれば、三鍋建設の被控訴人に対する債権の存在は、前訴における訴訟上の請求の前提をなす第三者の過去の権利として主張され、これに対する判断が判決理由中においてなされたものにほかならず、しかも前訴判決は右権利を前提とする控訴人の請求は理由のないことを確定したもので、その判断が三鍋建設の前記債権に対する判断と表裏一体の関係にあるわけではないから、前訴請求をもつて右債権についての裁判上の請求に当たるものということはできないし、判決理由中の判断をとらえ、右債権の存在が実質上前訴判決により既判力をもつて確定された場合に準ずるものとして、民法一七四条ノ二を適用しうべきかぎりでないことも明らかである(同条にいう「確定判決ニ依リテ確定シタル権利」とは、本来、確定判決の効力として既判力をもつてその存在が確定された権利をいい、したがつて、原則としては訴訟物たる権利に限られ、判決の理由中において判断された権利を包含するものではないと解すべきである。)。

そうすると、三鍋建設の控訴人に対する請負代金債権については、被控訴人の援用する消滅時効が完成していることとなるから、その余の主張につき判断するまでもなく、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、所詮、これを認容するに由ないものといわなければならない。

よつて、控訴人の請求を排斥した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条・八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(室伏壮一郎 横山長 三井哲夫)

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